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お客様の声・胡 瑜庭さま

台湾出身の胡瑜庭様は、中学生の頃から、家族旅行で日本に来るうちに日本に興味をもち、2008年9月に来日。現在は、日本のアパレル企業で働いています。2016年7月、さむらい行政書士法人にて、帰化申請。現在は許可され日本国籍を待っています。帰化を決意した経緯と手続きなどについて、お話を伺いました。

プロフィール

お名前 胡 瑜庭(コ ウテイ)様
国籍 台湾
経緯

2008年9月 来日
2016年4月 無料相談(池袋オフィス)

2016年7月末 帰化申請書を提出
2016年8月 面接実施
2017年4月中旬 法務局より連絡 「国籍喪失許可書」を台湾から取り寄せ
2017年5月末 「国籍喪失許可書」を提出
2017年7月頃 帰化許可予定

6年間、日本でファッションビジネスを学びました

胡様について、教えてください

台湾出身で、2008年に来日し、ファッションビジネスを学びました。2013年からは、日本のアパレル企業に就職し、現在は主に生産管理の仕事をしています。

初来日が、2008年ですか?

いいえ。私が中学生の頃から、合計5,6回ほど日本に家族旅行に来ていました。私を含めて5人家族ですが、みんな日本が好きだったのでいろいろな土地に行きましたよ。東京はもちろん、北海道や九州、京都にも遊びに行きましたね。

ですから、ごく自然に日本語に触れるようになり、台湾の大学では日本語学科に進学しました。

大学で日本語を専攻したのですね

第一希望は、ファッション関係でしたが、当時の台湾でファッションがとても人気で競争が激しかったのです。そこで、まずは興味ある日本語を学びました。将来的には、日本でファッション関連の仕事ができたらいいなと思っていましたので、その意味で、今は夢が叶ったと思います。

その後、初来日ですか?

はい。台湾の大学を卒業して、ファッションを学ぶために日本に来たのが、2008年9月です。

日本は学期のスタートが4月ですから、まずは日本語学校に6ヶ月通いました。
そして、翌2009年4月から、都内の専門学校で2年間、その後大学に進学して、同じく2年間の合計4年間ファッションについて学びました。

もう少し学びたいと考え、大学院に進学。そこでさらに2年間ファッションビジネスを学び、就職。そして、去年2016年に帰化を申請しました。

 

「チャンスがあるなら」と、両親も帰化することを応援してくれました

帰化を決意したのは?

20歳台から日本で生活していましたので、日本は私の第二の故郷です。アルバイトも含め、働いたのは日本が始めてですし。自然な流れで、このまま日本にいたいと思うようになりました。

永住権のことは知っていましたが、帰化は知りませんでした。
そんなとき、同じ台湾人の友だちが、「日本に帰化したい」と言って来たのです。そこで始めて、私も帰化に関心を持ち始めました。結局、彼女は中国人と結婚し、台湾に帰ってしまいましたけど。

また、私自身の条件面が問題なかったことも理由です。

帰化の条件面とは?

たとえば、永住権の条件は、10年間の日本滞在です。

しかし、帰化であれば、滞在期間は5年間と短い。もちろん、納税などの条件面はありますが、私の条件面は満たされていましたので、チャンスと捉えました。

帰化することに迷いはなかったのですか?

いいえ、特に迷いませんでした。とはいえ、まず、両親に相談しました。

すると、父からは「日本人になって日本のパスポートを持てれば、いろいろな国に行くことができる」「チャンスがあれば、やってみたらいい」と応援してくれたのです。私自身も、「チャンスがあるのに、やらないと後悔する」と思い、気持は固まりました。

父は台湾で会社を経営していて、日本とも取引も多い。日本人の従業員も雇用していることもあって、私が帰化することで、なんらかのメリットになるかもしれないと考えたかもしれません。いづれにしても父は、台湾と日本のことをよく知っていますし、その父が応援してくれるなら、という気持が後押ししてくれたのも、事実です。

仕事が忙しすぎて、自分ではできないので、専門家をさがした

自分で帰化申請しようとは思いませんでしたか?

まったく思いませんでした。なぜなら、仕事が忙しいからです。

私がいま勤務している会社は、日本企業です。中国人は私、1人。本来の業務は生産管理ですが、その他に通訳・翻訳もしなければなりません。なぜなら、中国からの電話もメールもすべて窓口は、私だからです。ほんとうに忙しいんです。自分で申請手続きをしている時間は取れません。

そこで、代行してもらおうとインターネットで調べたところ、目に止まったのが、さむらい行政書士法人でした。

インターネットで検索すると、帰化申請を代行してくれる専門家は数多く出てくると思います。なぜ、その中からさむらい行政書士法人に依頼を決めたのですか?

便利な池袋で探していましたので、「帰化申請 池袋」で検索したところ、一番上にあったのが、さむらい行政書士法人だったのです。すぐに電話をして相談。ていねいに答えてくれたので、その後事務所に行って、初回の無料相談で詳しいお話を聞きました。

初回の無料相談の印象は?

わかりやすかったです。そして、親切な人でした。ていねいでした。私の悩んでいることもわかってくれて、1つひとつ、問題を解決してくれました。

担当の行政書士の先生が優しかったので、申請には直接関係ない仕事の悩みも相談してましたからね(笑) めっちゃ感謝してます!いまは、許可証が届くのが楽しみです。

許可書が届いていないということは、まだ、許可は下りていないのですか?

はい、まだ許可は下りていません。しかし、面接官からは「国籍喪失許可書」の提出を求められていますので、おそらく問題ないだろうと思っています。

ですから、いまは台湾人でも日本人でもない、どこの国にも属していない「ただの人間」ですね(笑)

帰化申請の手続きで、苦労したことはありますか?

私が苦労したことは、特になかったですね。
ただ、台湾にいる母の手は、わずらわせたかもしれません。書類を集めるのは、全部お願いしていましたから。

台湾人が申請する書類の中には、母国(台湾)で発行する書類もありますので、多少時間がかかりました。それも母が代理で対応してくれましたし、日本の区役所で取得する課税証明書や納税証明書なども、すべてさむらい行政書士法人が代行してくれましたので、私は仕事に集中することができました。その点は、とても助かりました。

高校これからの目標

これからの目標は?

以前からの夢は、日本語教師です。でもそのためには、日本語教師のための勉強をしなければなりませんね。

現実的には、このままファッション関係の仕事に携わって行きたいと思っています。この先は、どのような形になるかはわかりませんが、好きなこと、興味の持てることを、日本で続けられたらうれしいですね。

さむらい行政書士法人にひと言、お願いします

帰化申請に関して、いろいろと手伝ってくださり、ほんとうにありがとうございました。
おそらく、あと半月ほどで、帰化の許可が下りると思います。それまで楽しみにして待ちたいと思います。許可が下りたら、10年間有効の日本の赤いパスポートを申請したいですね。

これから、いろいろと相談すると思いますので、よろしくお願いします。

 

胡 瑜庭様、どうもありがとうございました。

※  取材日: 2017年6月
※ 文中に記載されている数値情報等は、いずれも取材当日のものです

帰化許可申請書(無料ダウンロード)

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